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神戸地方裁判所 昭和41年(ワ)112号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一、二〇〇、〇〇〇円及び右金員に対する昭和四〇年一二月一五日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は「主文一、二項同旨」の判決を求めた。

二、主張

原告の請求原因

(一)  原告は左記為替手形の裏書人であつたが、該手形が不渡になつたので裏書人としての義務を履行しその所持人となつた。そこで引受人である訴外大東食品株式会社(以下訴外会社と略称する)を被告として右手形金請求の訴を大阪地方裁判所へ提起し、(同庁昭和四〇年(ワ)第三五八一号事件)同年一〇月一六日原告勝訴の判決の云渡があつた。

第一手形

額面      金二〇〇、〇〇〇円

支払期日    昭和四〇年一月二五日

支払地     神戸市

支払場所    華僑信用金庫

振出地     大阪市

振出年月日   昭和三九年一一月三〇日

振出人     株式会社尾久葉鉄工所

名宛人兼引受人 大東食品株式会社

第二手形

額面      金五〇〇、〇〇〇円

支払期日    昭和四〇年二月二五日

その他の手形要件は第一手形と同一。

第三手形

額面      金五〇〇、〇〇〇円

支払期日    昭和四〇年三月二五日

その他の手形要件は第一手形と同一。

(二)  ところで、訴外会社は前項記載の手形に対する不渡処分を回避するため被告を経由して神戸手形交換所に金一、二〇〇、〇〇〇円を提供した。そのため被告は、右金員が手形交換所より返戻されたときは直ちにこれを訴外会社に返還すべき債務を負うに至つたので、原告は訴外会社に対する前記手形債権の執行を保全するため、訴外会社を債務者、被告を第三債務者として、訴外会社の有する右条件付寄託金返還請求権の仮差押命令を大阪地方裁判所に申請し、同庁昭和四〇年(ヨ)第二五七五号債権仮差押事件として、同年八月一〇日、仮差押決定がなされ、その正本は同日被告に送達された。

(三)  その後、原告は第一項記載の執行力ある判決正本に基き、訴外会社を債務者とし被告を第三債務者として前記仮差押にかかる債権について神戸地方裁判所に債権の差押並に転付命令を申請し、(同庁昭和四〇年(ル)第二四四五号、同年(ヲ)第二五三五号事件)同裁判所は、同年一二月一〇日債権差押並に転付命令を発し、その正本は債務者には同年一二月一三日、第三債務者である被告には同年一二月一一日に到達した。しかして被告は同年一二月一四日神戸手形交換所から金一、二〇〇、〇〇〇円の提供金の返還を受けたので、原告は前記転付命令により右寄託金返還請求権を取得した。

(四)  よつて被告に対し、右寄託金返還請求債権一、二〇〇、〇〇〇円及び右金員に対する弁済期日の翌日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める。

被告の答弁並に抗弁

(一)(1)  請求原因第一項の事実は不知。

(2)  第二、第三項の事実は認める。

(二)  被告は訴外会社に左記手形債権を有していたが昭和四〇年六月一五日に金三、三七四、五四〇円の弁済を受けたので残額四〇〇、〇〇〇円の手形債権を有している。それで、昭和四一年三月一六日の第一回口頭弁論期日に原告訴訟代理人に対し左記手形を呈示して、手形債権四、四〇〇、〇〇〇円と被告が訴外会社に対して負担する一、二〇〇、〇〇〇円の寄託金返還債務を対等額において相殺する旨の意思表示をした。

金額   七、七七四、五四〇円

支払期日 昭和四〇年七月一五日

支払地  神戸市

支払場所 華僑信用金庫

振出地  神戸市

振出日  昭和四〇年六月一五日

振出人  大東食品株式会社

受取人  華僑信用金庫

被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)  被告が右約束手形を呈示して相殺の意思表示をしたことは認める。

(二)(1)  前記転付命令により訴外会社の有した寄託金返還請求権は原告に帰属するに至つたのであるから、債務者でない原告に対してなした右の相殺は無効である。

(2)  原告は、相殺の適状発生前に寄託金返還債権を転付命令により取得したので、被告は相殺をもつて原告に対抗することができない。

三、証拠(省略)

理由

一、原告主張のとおり、被告が訴外会社の請求原因第一項記載の手形について、金融機関のなす不渡処分を回避するために、訴外会社の委任に基き神戸手形交換所に金一、二〇〇、〇〇〇円を提供したので、被告は訴外会社に対し金一、二〇〇、〇〇〇円の寄託金返還債務を負担していたこと、原告が右手形債権の執行を保全するため、右寄託金返還請求権に対し仮差押の決定を得、ついで右手形債権の執行力ある判決正本に基き、訴外会社を債務者とし被告を第三債務者として、前記仮差押にかかわる寄託金返還請求権について、神戸地方裁判所より債権差押並に転付命令を取得し、その正本は債務者には昭和四〇年一二月一三日第三債務者である被告には同年一二月一一日到達したこと、被告が同年一二月一四日、神戸手形交換所から金一、二〇〇、〇〇〇円の提供金の返還を受け、同日、訴外会社に対する寄託金返還の期限が到来したこと、は当事者間に争がない。従つて原告は右転付命令により訴外会社が被告に対し有する右寄託金返還請求権を取得したものというべきである。

二、被告の抗弁についての判断

被告が訴外会社に対し事実摘示被告の抗弁、(二)記載の手形債権を有することは成立に争いのない乙第一号証により認めることができ、被告が昭和四一年三月一六日原告訴訟代理人に対し、前記約束手形を呈示して、その手形債権と訴外会社の被告に対する寄託金返還債権とを対等額において相殺する旨の意思表示をなしたことについては当事者間に争がない。

ところで、原告は右相殺の効力を争うので考究するに、債権の転付は裁判による債権の移転であつて、債権の譲渡ではないけれども、債権の承継的移転を生ずる点において譲渡と異るところがないので、債権転付の場合にも民法第四六八条二項を類推して、第三債務者は転付命令送達前に債務者に対して有する債権をもつて転付債権者に対し相殺を対抗し得るものと解すべきところ、さらに民法第五一一条は「支払の差止を受けたる第三債務者は其後に取得したる債権に依り相殺を以て差押債権者に対抗することを得ず」と規定するので、この点につき審案する。

原告主張の債権仮差押命令が第三債務者である被告に送達された日は昭和四〇年八月一〇日であるところ、被告が訴外会社に対し前記の手形債権を取得した日はそれより以前の同年六月一五日であるから、支払の差止を受けた以前に取得した債権であり、しかもその弁済期日は同年七月一五日となつているから、被告のなした前記相殺の自働債権は受働債権の弁済期(昭和四〇年一二月一四日)より以前に弁済期が到来しているばかりでなく、支払の差止を受けた以前に既に弁済期が到来しているものである。そうすると、被告が右受働債権と取得者である原告に対してなした前記相殺の意思表示は有効であると解すべく(最高裁、昭和三二年七月一九日、昭和三九年一二月二三日判決参照)その効力を否定すべき事由は原告の全主張立証によるも知ることができない。

三、よつて、原告が転付命令により取得した被告に対する寄託金返還請求債権は、被告のなした前記相殺により相殺適状の時に遡り全額消滅したものと認めるのほかなく、結局被告主張の相殺の抗弁は理由があるので、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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